もう一つの雪野山、安妃山を歩く


出典:この図は Google 社提供の地図上に独自情報を書き加えたものです。

低い山が折り重なるように連なる細長い雪野山。下羽田の里山はこの雪野山の西北部に位置します。かつて下羽田ではこの山は “安妃山” の名で呼ばれ、柴刈りや年中行事などの日々の営みに利用されてきました。今では日常生活に必要な山でななくなっていますが、山歩きを楽しめるように尾根筋や山裾とつながる道が整備されています。

この雪野山西北部”安妃山” に訪れる人の数は、有名な雪野山古墳のある東南部ほど多くありませんが、整備された道筋は展望が良く侮れない魅力があります。そこで、雪野山古墳や八幡社古墳群だけでなくちょっと足を延ばしてこちらも楽しんでいただけるよう、この雪野山西北部”安妃山” をご紹介したいと思います。

雪野山古墳から尾根筋を北西部に歩いてくると、中羽田付近で女坂に出ます。この女坂を下ると多聞院がありますがここを下らず女坂を渡り、階段が設置された向かいの尾根道を登ります。すこし急ですが、すぐにあずま屋に辿りつきます。ここからは、竜王町方面が良く見えます。

女坂から登る

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この先、あずま屋の手前を左(北西)に折れ少し下ります。このあたりの展望はイマイチですが道は散策道として整備されており普通に歩けます。2-3 分歩くと左手に階段の付いた下り道が見えます。この道を下りると天神社の参道に出ます。さらにこの先もう一本下り道があり、こちらは天神社の境内にでます。

あずま屋(中羽田)から下羽田方向へ

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この先、あすま屋から10分ぐらい来たところに “みつばつつじの丘”という案内板に出会います。このあたりにはみつばつつじが群生しており、4月の中頃には鮮やかなピンク色の花を付けます。

このあたりの尾根筋には大きな高低差はありません。このなだらかなアップダウンのある道をさらに 5分ほど進むと “溜池展望台” があります。この付近の山中に溜池があった訳ではなくこの下の山裾に溜池があったので、”溜池” という名前が付いています。

溜池展望台

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この “溜池展望台”  の先の道は下り坂になっており、すぐに谷沿いの道に出会います。この谷道が和泉式部が和歌を詠んだ事で知られる “歌坂” です。新しく整備された散策道は昔の”歌坂” とは微妙にルートが変わっており、歌坂との合流点は三叉路になっています。

歌坂と合流

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この三叉路を下った山裾には和泉式部の歌碑がありますが、尾根筋を縦走する場合にはこの三叉路を左に折れて坂道を上ります。ここでは尾根筋を紹介していますが、せっかくですので、歌碑の写真も載せておきます。

歌坂山裾の登り口

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尾根筋を 5分ほど上ると、”盆の木跡展望台” があります。盆の木とはお盆に先祖の霊を迎えるための行事であり、毎年盆の前には、ここで松明を燃やして霊を導ための迎え火を起こしていました。

南出盆の木展望台

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この先さ 5分くらい進むともう一つ “盆の木跡展望台” があります。

北出盆の木展望台

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さらにその先を 5分ほ行ったところに “げしめ展望台” があります。げしめ展望台の前には谷があり、山裾からこのげしめの谷を通って尾根筋との間を行き来していました。

げしめ展望台

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げしめ展望台を超えるとすぐに見晴らし良い山頂に出ます。このあたりもげしめと呼ばれています。このげしめの山頂には山裾とを結ぶしっかりした散策道が新に設けられてており、山裾の集落や周囲の山々などの風景を楽しみながら下山する事もできます。

げしめ登り道と展望

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下山せすそのまま尾根筋を進むと”大岩展望台” があります。ここは雪野山西北部”安妃山”の中で最も広い角度で展望が広がっている所です。ここからは戦国時代に山城があった、安土山、観音寺山、箕作山、布施山、瓶割山、八幡山、岡山(水茎岡山城)を一望する事ができます。

大岩展望台

大岩-枠

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またこの”大岩展望台” には大きな岩がありません。それなのになぜ大岩と呼ぶかというと、この場所への登り口や途中の山腹に大きな岩がいくつもあるからです。昔は山裾と尾根の間で上下に移動を繰り返し山を利用してきました。その為、山裾もそこから登りついた山頂もその途中も同じ名前で呼ばれていたようです。

この先 2-3分進むと、”羽田三角点” があります。昔の人は”大岩展望台”からこのあたりまでをまでを ”大岩”と呼んでいたようです。

ここから先はなだらかな下り道が続きます。展望が良く瓶割山が前方右手方向に見えます。さらに 10分くらい進むと腰越山展望台があります。ここには立派な岩がありますので、ここを大岩と呼ぶ人もいます。ここも大岩展望台と同じくらい展望が開けています。

腰越山展望台

腰越山

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ここから先は少し急な下りになり、5分ほどで腰越の峠道に到着します。この腰越出入り口の斜面にはツツジが沢山植えられており 5月には見事に咲き誇った満開のツツジをお楽しみいただけます。また腰越には駐車場があり、車でお越しの方には便利です。

腰越山を下る

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ここの先の明神山(杓子山)も尾根筋も散策道が整備されており、登り口は腰越山登り口の道向いにあります。この明神山は腰越山よりも低くなだらかな起伏のある丘のような山です。展望は良くありませんが変化に富んだ山の自然が楽しめます。またこの山には戦国時代に柴田勝家が瓶割城から撤兵する時に財宝を埋めたという言い伝えがあります。さらにこの山の山頂付近は倉橋部古墳群の域内にあり、近江八幡側の山腹には古墳が点在しています。

杓子山に登る

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この明神山(杓子山)は低山ながら変化に富んでおり、中央付近のピークには大きな岩がいくつもあります。またこの山には 古墳が多く中央ピークの岩場付近は 倉橋部古墳群 の一角です。そしてこのあたりは、柴田勝家が瓶割城から撤兵する時に財宝を埋めたとされる場所です。昭和の終わり頃には歴史研究家により、この事実を確認するための現地調査が行われましたが、何も見つからなかったようです。

以下の写真は、その調査の手が入った場所のひとつです。

岩の手前に古墳の入り口のような竪穴があり、1m ほど先で山頂方向に折れ曲がっています。ここは瓶割り山の真向いであり、古墳の石室が隠し場所としてちょうど良かったかも知れません。

この明神山(杓子山)は、登り口から 10分あまり歩くと山裾につながる道との 分岐点があり、ここを下ると明神池付近に下りられます。下りずに直進するとすぐに広場がありますので、下山する前の休憩や待ち合わせにご利用ください。

杓子山を下りる

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下山地の明神池付近には駐車場はありませんが、駐車できそうな場所はあります。また鳴谷バス停が近くにあり、近江八幡駅に15分くらいで着くことができます。

なお、倉橋べ側からは、やぶさめの里のツツジ園に山中への入口があり、ここから杓子山の尾根筋まで道らしきものが通じています。

やぶさめの里からの登り口

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このルートは尾根筋まで 50mくらいしかなく昔は尾根との行き来に良く使われていたのではないかと思います。またこの山には 多くの古墳 があり、この道は 栗木山古墳群 中央付近を通っています。

しかし現在では使われている様子がほとんど無く、整備もされていませんので、通行はお奨めできません。

以上、中羽田の女坂から登って、雪野山北西部を縦走するコースをご紹介しましたがいかがでしょうか? また、尾根筋への登り口は他にもありますので、ぜひ別のルートでも散策をお楽しみください。

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